人気ブログランキング | 話題のタグを見る

ウィニー

ネットエージェント社(http://www.netagent.co.jp/)の調査でウィニー利用のPCが50万台以上に達することがわかったそうだ(読売新聞29日朝刊)。ネ社は興味本位にファイル交換ソフトに手を出す人が多いのではないかと見ているらしい。

この「興味本位」とはどのようなことなのだろう?





「興味」と悪意は結びつかないものだろうか?

皇室や官公庁や企業や個人の機密情報が見れるとあらば、野次馬や犯罪者は「座して待つだろうか?ネ社は「複数台のパソコンでWinnyを使用している人は非常に少ない」(同社HP「OnePointWall」より)と見積もっているが、それが真実であるとすれば、情報流出の被害の報道が活発になった後に増えた利用者の大半は野次馬であると考えられる。しかしそうだととしても、複数台のパソコンでウィニーを使用してい」なくても、複数台のパソコンを所有し、ウィニー用とそれ以外の用途に使い分けている人間がいる可能性が考えられる。私は情報学に詳しくないしウィニーを持っていないので憶測に過ぎないが、そのような人間は情報流出やウイルスによるシステム崩壊のリスクを一台のパソコンに集中させて、自分の重要情報はネットに繋いでいない(あるいはウィニーをインストールしていない)別の安全なパソコンで保護できるのではないだろか?そうした上でウィニーに機密情報を読み込むように仕向ければ、その人は情報を閲覧することができるのではないだろうか?単なる野次馬で情報を見て楽しむだけなら比較的害は少なかろうが(犯罪のような気がするが)、それをネタに企業や個人を脅したり貶めたりする輩がいないとも限らない。


以上が単なる素人の杞憂であってほしいのだが、そのような心配をしなければならないところに、安易な手段で、しかも自力でソースコードを読んだりしてセキュリティー対策を立てる能力のない人たちが利用できるところに、ファイル交換ソフトの恐ろしさがあるのではないだろか。

専門家にしかよくわからないモノや情報を、皆が簡単に利用できること。このブログもその恩恵によって書かれているわけだが、どこかに落とし穴がありそうな気がしてならない。わけのわからないまま権威やマスコミに後押しされているだけで、悪意はあろうとなかろうと実は根拠薄弱な商品やデマが蔓延しているのかもしれない。

その人なりの観察に基づく自然科学や社会学の生産物と違って、コンピュータのシステムの場合、プログラムやアルゴリズムは完全に人の手によるものであり、優秀な専門家であれば作り出すことも壊すことも可能であろう。インターネットやパソコンが生活から切り離せなくなった時代に実質的に世界を牛耳ることができるのは、優秀な情報技術者を束ねる集団、すなわち、情報に関する国家機関やIT企業なのかも知れない。いや、組織的活動である必要すらなく、ひとりの天才的な個人でも可能だったりして・・・。

つらつらと、独創的でもなくネガティブなことを書いた。

決定的なところを誰かに支配されながらの自由を享受できるのが人間だとしたら、心配するよりも受け入れて笑って暮らしたほうが幸せかもしれない。


全能の神が善なることを信仰できる宗教心など私は持ち合わせていないが、この世に絶対の支配者がいるとすれば、どんなことをするのだろうか、と時々考える。『デスノート』が映画化される(http://wwws.warnerbros.co.jp/deathnote/)が、そのような不安が人々にあるからこそ、大勢の人気を勝ち取れるのだろう。インターネット社会と『デスノート』は、案外近い根っこでリンクしていると思う。
by aqua-magna | 2006-05-29 04:22 | 駄文


<< ラテン語辞書プログラムのすすめ STAG BEETLE >>